万里の長城,水彩画,中国の上海,杭州,北京,旅行スケッチ,旅行日記

万里の長城,水彩画の描き方,中国の上海,杭州,北京,旅行スケッチ,旅行日記

学生時代の中国旅行譚(上海〜杭州〜北京)

30年前の1988年3月15日〜30日、就職前の春休みに、友人2人と弟の4人で、上海、杭州、北京に2週間、旅行に行きました。 ホテルを全く予約せず行き当たりばったりの旅行でした。1988年と言えば、中国で自営業が許可され街に活気がありました。しかし、1年後には天安門事件(1989年6月)が起こり、多数の死傷者を出し残念に思ったものです。良かったらご覧ください。
【日程】★3/15…大阪11:00⇒上海12:25 XJL793 ★3/17…上海⇒杭州
    ★3/30…北京15:10⇒大阪19:15 XJL786
     ※費用:356,000円
      飛行機代(行き)(56,100円)、ビザ代(15,000円)
      保険(15,000円)、所持金(270,000円)
【為替】1980年:1元=151.3円
    1988年:1元=34.4円
    2018年:1元=16.3円 ※1980年から2018年の38年で9.3倍

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【1日目】3/15(火)大阪⇒上海

 上海時間の12:30に空港に着いた。どんよりした空模様だった。着くなり旅行客目当てのタクシー屋に囲まれた。 これが上海かと思った。周りを見渡すと、日本より百年は遅れていると思った。なあだこりゃっ!逃げるように換金所へ行った。 3万円分を中国のお金に換金した。878元(1元≒34円)になった。 その後、飛行場の人に付いていったら、さっきのタクシー屋の集まりのところに連れて行かれた。 何となく疑わしかったが、とりあえずタクシーで行くしかないと考え、4人はタクシーに乗った。行き先は音楽学院と告げた。 言葉は通じない。筆談だ。お互い頷いてから無事出発。大丈夫か不安だった。やはり白タクだ。タクシーメーターが付いていない。 そうこうしているうちに、無事音楽学院に着いた。タクシー代は15元×4人で60元取られた。まあ日本円にして、2,000円ぐらいなら安いと思った。 (実は数倍取られていたのだが、日本にいる金銭感覚で考えていた。)みんな、トランクの中が気になった。 荷物は大丈夫だったが、私は冷静にタクシーのナンバープレートをメモした。
 さて、今回の旅行だが、宿泊所はどこも予約していない。『地球の歩き方(中国編)』と言う本を参考に、予定のコースを決めているだけである。 今夜予定の音楽学院は通りに面した格式のありそうな建物だった。今日の空と同じような灰色の建物に見えた。 門から入ると、受付窓口らしいところがすぐあった。宿泊所の空き部屋があったので、予定通り2泊することにした。 部屋に入って、いすに腰掛けた。時計を見ると2時半だった。少し落ち着いた。しかし、中国語はかなわないと思った。筆談しか通じないのだ。 少し休憩して、ダウンタウンへ向かった。少し雨が降ってきた。町を見ると走っている自動車は日本車ばかりである。 商店街へ入ると、いきなり、鶏が店先いっぱいに吊るしてあり、4人ともその光景に唖然とするしかなかった。 商店街はさすがに活気がある。人垣ができている店があった。覗いて見ると、ドラム缶の上の大鍋で、パオとか言うシュウマイと餃子をたしたようなものが作っていた。 美味しそうな匂いだ。私達は買おうと思い、並んでいると、店長らしき人が、私達を店内に手招きする。 店内に入ると、丸いテーブルが一つあり、そのパオがボウルのような白い容器いっぱいに盛られていた。 私達はそのテーブルの周りに座りほおばった。味もやはりシュウマイと餃子をたしたようなものだったが、とても美味しかった。 一人12個食べて4人で5元(170円)払った。めちゃくちゃ安い。味は良かったが、言葉が通じないのはとても疲れた。
 雑技場へ行ったら、本日休みと書いてあった。ダフ屋らしき人が近づいてきた。30元でどうだと言ったが、高いので止めといた。 雨がひどくなってきたので、宿に向かった。途中、レインコートを5.20元で買った。喫茶店に入り、3元の珈琲を注文したら、インスタントだった。 これには参ったが、体は温まったので満足した。さあ、帰って休憩だ!
 音楽学院の宿泊所の階段で、関西外国語大学の女学生と出会った。下のロビーで、色々話を聞いた。サンスターへ就職決まっているらしい。 女性の一人旅と聞き、凄いなあと思った。中国の初日、男4人なのに、中国の迫力に圧倒されている。 それを、女性一人旅とは・・・中国旅の大先輩の話を聞いた後、私達4人は、2部屋に分かれて寝た。 ベッドに入っても、たった半日の中国が、異国のプレッシャーとなり、なかなか興奮して眠れなかった。

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【2日目】3/16(水)上海

 朝、7時半に目が覚めた。廊下に出ると煙だらけだ。湯沸しの湯気だった。おばさんが、ポットに湯を注いでいた。 どうやら、部屋に配ってくれるのだ。私達の部屋にもポットが配られた。『謝ヽ』というと、おばさんは表情を変えず、目だけ微笑んだ。 社会主義という言葉が…少し、頭を過った。
 昨日と打って変って雲はあるが晴れだ。推(←二水辺)海中路を歩き、錦江飯店へ行き、リッチに朝モーニングを食べた。(24元) 今日はバスにチャレンジだ。昨日の大先輩のおかげで、気分も天気も晴れていた。26番バスで海美へ行き、CITSへ向かった。 1時に着いたが、1時半まで昼休みのようである。和平飯店へ行き、パンと珈琲を頼んだ。CITSに再び行き、チケット(18元)を買う。 地図を見ながら、歩いて港へ行き、そこから南京路を西へ歩いた。途中、スラム街らしき路を歩いた。
 夕食は、国際飯店(PARK HOTEL)で本場の中華と決定。量も多くて美味しかった。でも日本で食べた味と全く同じで少し拍子抜けした。(4人で78元。安い。) さあ、お腹も一杯。次は雑技場だ。昨日、下見をした所に行った。やはり、ダフ屋らしき人が数人いた。ダフ屋と交渉開始。一人10元まで粘ってついに交渉成立。
 噂どおり、最高だった。筒の中に男の人が入り、首を外す芸から始まった。 次に若い女性3人による大きいヨーヨー芸、砲丸とピストルのコント、台から倒れそうで倒れない芸、シャンパングラス4段を頭に乗せてギター演奏する芸、次から次へ流れていく。 フ゛ーメラン投げ、男4人と、女2人のシーソーによる曲乗りアクロバット。ここで前半終了のようだ。休憩時間が5分ぐらいあった。
後半は、最初から派手。空中ブランコだ。なかなか迫力があった。ムチと鏡のコント芸が2本挟まれ、綱渡り、一輪車、机の脚回しと次から次へと曲芸が披露された。
 気が付くとメインイベントのようである。バックミュージックも一番の盛り上げを演出している。ムチを持った曲芸者に続いて、黒と白のパンダの入場。 そうパンダの曲芸だ。場内は歓声で一杯だ。初めは冷静に見ていた。パンダが台に仰向けに横たり、お腹の上の大きなボールを音楽に合わせて回す芸だ。 曲芸師のムチの合図で、パンダがボールを回している。信じられないと思った。続いて、滑り台を、パンダが一人、いやっ、一頭だ。 (その頃は、誰かがぬいぐるみに入っていると、冷静さを失っていた。)滑り台を2,3回、上っては、滑るだけなのだが、動きが凄く愛くるしく、ユーモアがある。 背中にチャックないかなと横の友人に囁いた。友人は横で笑っていた。観客も徐々に興奮の坩堝にと言うのが、このことかと思うほど、場内は盛り上がっていた。 一度、曲芸師とパンダは、幕の奥に引き上げた。場内が一瞬静かになった後、ファンファーレとともに犬そりに引っ張れれたソリが登場。ちゃんとパンダがムチを持っているようだ。 パンダ最高!!ライブの興奮最高!!終わったら、ゆっくりと、音楽学院の方へ帰った。昨日と違って、今日は最高の気分だ。4人とも、興奮してた。何が一番良かったか言い合った。 私は、パンダも良かったが、昼間歩いたスラム街の雰囲気が良かった。

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【3日目】3/17(木)上海⇒杭州

 7時45分、音楽学院を出発する。錦江飯店の所まで行き、タクシーで上海駅へ向かう。4元だった。安い。 これがタクシーの相場金額ということだ。駅まですんなりきたが、駅で混乱した。乗り場が分からない。 切符には『軟 上海(9:40)⇒杭州(13:07)』と書いてあるだけ。軟座へ行く事は、旅のバイブルで知っていたのだが、どこから軟座乗り場かわからない。 初め、『硬座』と書かれているところに行ったら、案内板の時間が9時2分となっていて、少しあせった。 まだ時間あるが、どこへ行けば良いのか分からない。何とか軟座の所へ着いた。軟座は、柔らかい椅子、つまり外国人あるいは中国のお金持ち用だ。 待合室も、さっきの硬座とは異なり、ソファまである。電車が来たので乗った。西部劇の電車のような6人掛けの個室だった。進行方向窓側に白人のビジネスマンらしき人が座っていた。 私はその横に座り、そのまた横にMが座った。反対側窓側かわH,弟が座った。その横に中国人のビジネスマンが座った。 なんとも言えない雰囲気だったが、私達は、この電車が杭州に停まるかが気になった。最後に座った中国人のビジネスマンが、日本語が話せたので助かった。 この電車で間違いないと教えてくれた。その人は、日本の会社に勤めているとのことだ。色々中国の話を聞いた。昔は2/3が農家だったが、最近は5割だそうだ。 中国は、家も仕事も国が与えてくれる。でも、能力に関係がない。だから、がんばりたい人が自由業をする。 4年前から自由化(会社)解禁したと教えてくれた。4人とも身を乗り出して、話を聞いた。中国が、徐々に変わっているんだと感じた。 この中国人のビジネスマンはまさしく自由人だとも思った。たばこの話になり、上海では健碑(ケント)が人気で、北京ではマイルドセブンが人気と言っていた。 アメリカ人の人とも少し会話した。1年半前から中国に来たいて、生物、薬学の先生をしているとのことだ。思わぬ海外交流の時間が過ごせた。気が付くともうすぐ杭州である。 どんなに綺麗かと期待したけど、思いっきり期待外れ、思いっきり汚い。参った。目の前の大きな『西湖』汚い。グレーと深緑の街だ。 ベトナムに行った事ないけど、なんとなく日本で紹介されているベトナムのイメージとラップし、げんなりした。
 地図を見ながら、今日の宿を取りに、美術学院の招待所へ行ったが、『メイヨ!(ない!)』と断られた。地図で次の候補地を探した。 近くに『毛源昌服鏡?招待所』を見つけた。牢獄のような感じだった。4人とも躊躇したが、Hが先陣切って突入した。言葉通じないから、筆談だ。 パスポートも見せた。受付のおばさんの反応から、おそらく私達が『リーベンレン(日本人)』の初めての客かもしれないと思った。そりゃそうだ。めちゃくちゃ不気味な建物だ。 こんなところ泊まる人はそうそういない。一人だったら、怖くて泊まらなかったと思った。中に入ると予想以上にこじんまりしていて綺麗だった。
 4時過ぎまで休んで、延安路へ行った。華僑飯店があった。白い壁で、まるで病院のような建物だった。 夕食は、『杭州酒場』という名の中華料理屋が雰囲気良さそうだたのでここに決めた。大衆の酒場のようで、中国人で一杯だった。 『叫化童鶏』(若鶏の丸焼き)、えびと野菜の盛り合わせ、豚の湯(スープ)、魚の湯(スープ)、『西湖(酉昔)魚』(でっかい白身の淡水魚)、 焼き飯、西湖ビール、中国菜っ葉、お腹一杯食べた。味付は薄めで、正直あまり美味しくなかった。唯一菜っ葉はまづかった。 西湖ビールは、少し水分が多い。これが、大衆の中華料理、ある意味、本当の中華料理だと思った。部屋に着いたら、8時40分。 日記を書いていたらいつのまにかそのまま寝てしまった。

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【4日目】3/18(金)杭州

 朝、6時頃、目が覚めた。私が一番早く目が覚めたようだ。他の3人は寝ている。自分の泊まっている状況を冷静に分析した。 言い表せないが、なんとも言えぬ独特な鼻付くにおい。部屋はましだが、廊下は凄くする。トイレは不衛生の極地。 『あー、いやだ。今日もここに泊まるのか。華僑飯店に行きたい。』と思った。でも待てよ。この招待所は、泊まっているのは中国人だけみたいだ。 つまり、現地の人と同じ生活に少しは触れているわけだ。まあ、めったにできない経験だ。もう1日、我慢しようと思った。もう一眠りしよう。 不気味な宿だが、4人とも良く寝た。少し旅の疲れもあったのだ。ゆっくり起きて、12時に宿を出発した。解放路の新僑飯店で、食事をした。 換金所で、3万円を換金した。(859元)弟と些細な事でけんかしたが、仲直りした。4人はバスで『六和塔』へ向かった。(バス停?) 970年建立で、なかなかりっぱな建物だった。休憩所で休憩した。ひまわり、ピーナツを摘まみながら、お茶を飲んだ。お茶は最高に旨かった。 そして、空になると何回も入れてくれる。気が付けば、1時間ぐらいそこで休憩した。そこから1.5km歩いたところの銭(土唐)江大橋に行った。 凄いの一言だ。途中まで歩いた。バスで虎(足包)まで行った。表面張力の泉では、1円玉を持ち合わせていなかったので浮かばすことができず、残念だった。 5時半ごろ、赤堤まで行った。今日の宿、夕食をどこにするかがこれからの問題である。花港公園の近くの花港飯店へ行った。「メイヨ」と門のおじさんに言われた。 しかたなく、赤堤まで行き、バスを待った。なかなか来なかった。やっと延安路行きが来たので乗ったが、1個手前の(水辺+通)金門で降ろされた。 Hが言うにはエンジントラブルらしい。しかたなく、延安路のほうへ歩いていった。7時半を過ぎている。延安路の食堂はどれもぼろぼろだ。不衛生な感じしかしない。 4人とも意見は一致した。4人とも華僑飯店に向かっていた。華僑飯店に着いたら8時過ぎ。ビールはすぐ来たが、料理は結構待たされた。 鴨の丸焼き、焼き魚、豚の角煮のようなもの、野菜(昨日と同じ)、肉スープ、焼き飯、ラーメン。今日は、めちゃくちゃ旨かった。 大衆より、やはりホテルのほうが旨いと思った。 招待所へ帰った。ホテルでケーキを買った。1.75元。部屋で4人で食べた。 その後、MとHは老酒を飲み、弟はワインを飲んでくつろいでいた。 私は少し足が痛かったので、ごろりと横になっていた。今日も充実した1日だった。(残金1074.6元)

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【5日目】3/19(土)杭州

 朝8時に目が覚めた。残念なことに外は雨である。窓の外の汚い家並みが、今日は妙に美しかった。Mは老酒で顔が痛いと言う。 へんな奴である。雨なので、昼間までゆっくりすることにした。小雨の中、7番バスに乗った。華僑飯店を少し超えたところで降りた。着いたら2時だった。 昼食時間を過ぎているので「メイヨ」と言われた。しかたなく、下のバーでケーキと珈琲を注文した。6元した。とても高い!! 気を取り直して、華僑飯店のCITSへ行ったら、あさってのチケットは「メイヨ」と言われた。 望湖飯店に行けばあるかも知れないというので行って見たが、やはり「メイヨ」といわれた。明日、日曜だからだめだそうだ。 そこで”旅のバイブル”『地球の歩き方』を読むと、『杭州市連弁客運連合票処』に行けば、買えると書いてある。地図みながら探したがなかなか見つからない。 二人連れの買い物帰りらしいおばさんに道を聞いたら、親切に教えてくれた。硬座5.4元。次の12時発4時着しかないので止めた。 チェンジマネーで100元を150元にした。間違いのない相場だ。7番バスで新々飯店の次まで行き、4時半ごろ、楼外楼で夕食を取った。 孤島に佇む楼外楼。なかなか趣があった。土産にペンダントと櫛と人形を買った。(23元)本日、その他80元使った。

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【6日目】3/20(日)杭州

 今日も雨。しかし、予定通り8時に起きた。ロビーで、Mと弟が、私のシップ剤を買いに行ってくれた。虎印のシップだ。タクシーで火車駅へ行った。 Spesial Officeで軟座のチケットを買った。一足違うと20分はなかった。あぶなかった。7番に乗り、湿(さんずいなし)穏(こざと辺)寺へ。 天外天には10時半頃着いた。金の布(55.25元)11時に昼食を食べた。それからバスで玉泉に行こうと思ったが、道が分からない。 岳(土文)まで歩き、岳王届に着いた。なかなか凄いところだ。4時半。帰りは渡し船に乗った。(20元)三?ひょう印月。穴が3つ見える。 閑散とした雰囲気は、なかなか旅情がある。船頭さんは櫓一つで頑張っていた。弟が餃子食べたいと行っていたが、餃子のありそうな庶民的な店はない。 なかなかのところで夕食にあり付いた。ホテルについて、実家に国際電話を掛けたがなかなか繋がらない。気を取り直し、Mとバイブル片手に、北京の下調べを行った。

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【7日目】3/21(月)

 朝6時45分起床。7時半にロビーに下りた。トラブル発生。昨日、国際電話39分使用したからと259元取られる。 39分も使用していないが、苦情言っても埒明かないので支払った。7時45分、タクシー捜すが見つからないので、あきらめて52バスで駅に行く。 再び、どこが軟座用入り口かわからない。なんとか入り口見つけた。だだっぴろい待合室でサービスの珈琲を飲んだ。いつも駅には困らせられる。 心中穏かでないとはこのことだ。
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